LINK
言いたい放題のページ

200611月28日 めげるな(わがままな)若人Part2

 大学も無事4年で卒業、自衛隊ともオサラバしたまだまだ青二才な飯倉は大学の就職支援室の資料で見つけた会社に就職試験を受けにいった。
 だいたい大企業に就職する気は全くなくかと言ってあれこれ調べる気もない生意気な飯倉はたまたま目にしたリストから住まいの近くというこれまた安易な動機で某外資系FA会社に就職試験の申し込みをした。
 当時飯倉は卒業論文に集中していて就職などどうでも良いという今時の大学生からすれば信じられない考えだったのだがそのころはバブルで景気がすこぶる良かったから就職などどうにでもなる時代だったのだ。
 試験を受けて翌日には内定通知が来たので遠慮なく論文に没頭。良い時代だった。
 さて飯倉がこの会社でまあ良いかと判断した材料がいくつかある。まずは総務部長との会話の中で新卒の離職率が極めて低いという話を聞いていたのがひとつ。これは肝心だ。離職率が低いという事はそれだけ何らかの魅力のある会社だという事になる。
 もう一つは当時の社長だ。別にこの社長が魅力的だったわけではない。それどころか社長室にゴルフバックは放り投げてあるわ態度がでかいわ通勤は自家用車だし最低だなと思ったのだが外資系の会社なのだからこんなのはさっさと首をすげ替えられて飯倉が入社する前にこのまずい面はどこかへ消えているだろうと読んだからだ。

 あぁ、もう一つあった。これ以上考えるのがめんどくさいから。

 へろへろになりつつ論文を仕上げた飯倉は意気揚々と大学新卒として外資系会社へ就職。思えばこのころからへろへろになりつつ何かをやっていたんだなぁ。
 同期は7人ほどいてその内4人は短大&専門学校卒だったので初任給から大卒と違う。この時点ではどうせ全員そろって役立たずなのにこれが学歴というモノかと実感。
 入社初日、びっくらこいたのがあのまずい面がまだ居たって事だ。当時はこの会社、むやみに儲かっていたのでアメリカ本社は数字しか見て無かったのだろう。 もう一つびっくりだったのが入社した数日前にこの数年で入社したチョッぴり先輩な方々がゾロゾロと退職していた事だ。
 ヤベエなと思いつつせっかく入ったのだから石の上にも3年という事で居座る事に。
 この会社、顧客が地方の工場なので飛行機での出張がやたら多い。高校時代たまに夜更かしして深夜ラジオ「ジェットストリーム」by城達也を聞いていた飯倉はいつかはオイラもJALに乗ってハワイに行くぜ!空に瞬く星になるぜ!とか思っていたが出張で飛行機に乗りまくるとすっかり熱も冷めてしまい、いまだにハワイに行ってない。
 そういえば本物のスッチーを見た事なかったまだまだ青二才な飯倉は初めて乗った飛行機でスッチーってのは

 「普通のオネーさん」

 という衝撃的事実に夢も希望も打ち砕かれる。あぁこうやって大人になっていくんだな。

 会社なんてのは1年もすればだいたい目がなれてきてある程度未来が見えてくる。数年先輩の言い分や表情を観察していればこれから自分がどうなっていくかは推測可能だ。

 で、石の上にも3年たったある日、まだまだ青二才飯倉はさっさとこの会社をやめる事に。当時この会社は儲かっていたし給料も比較的良かった、と言うか残業や出張が多かったのもあって同世代と比較すれば1.5倍か2倍くらいもらっていただろう。それでもやめようと思ったのには訳がある。

 この会社は特定業界の工場相手の商売だから業界の動向に大きく依存する。飯倉が居たころは億単位のシステムがバンバン売れてアメリカから日本語が全く話せないエンジニアでもヘルプで呼んできていたような我が世の春状態だった。こんな過剰な設備投資がそうそう続くわけも無くそのうち受注がぱったりとやむ時が来るなあと。でも今の経営陣はラリッちゃってて状況判断ができてねえなと平社員飯倉は思っていたわけだ。まずいツラはますますつけあがるし。
 経営している連中より冷めた目で見ている平社員の方が冷静に事を判断できるのだなとこの時悟った。この会社、今は無いらしい。

 さっさとヤバそうな会社とオサラバした飯倉はたまたま知ったデザイン会社に一筆手紙を書いて入社させてもらう事に。デザイン業界なんて右も左もチンプンカンプンな飯倉だがなぜか試験を受けにくるようにと連絡をもらう。
 筆記試験と面接をへてあっさり入社。入社してから業界では超有名な会社である事を知る。かさねがさね無謀だな。
 デザインのデの字も知らない飯倉はデザイン会社で何をしていたかというと・・・んー。判らん。タダ飯食ってました。
 あまりに申し訳ないのでこの会社にはいまだに毎年末には大掃除の手伝いに行ってます。もちろん無給です。今年も行きます。この数年は(大掃除の)主戦力という解釈をされていてうれしいようなそうでもないような微妙な気持ちです。

 で、ここも石の上に3年で退職してサイクルメンテナンス開業となるのです。

  さて今回飯倉の言いたい事はとにかくやっちまえ!という事です。やらなきゃ何にも判らないわけであれこれ調べたところで事は前には進まない。思い立ったら行動に移す。しかもサッサと。
 今まで書いてきた飯倉の行動は実に脈絡も無くいいかげんで下らないんだけど、それでもあれこれやってきたから判るようになった事が多々有ります。
 飯倉の経験から言って後悔する時ってのはやって後悔するんじゃなくてやらなかった事を後悔するんですな。 やって恥をかいたからって後悔する事はほとんど無い。というかそんな事はサッサと忘れる。忘れられない事ってのは「あの時あれをやっていれば」という事ばかりです。
 しかも残酷なのは時はものすごい勢いて流れていってしまうので あ! と気が付いた時にはもう遅かったりするのよね。
 あれこれ試行錯誤してくと当然の事ながら失敗も有るんだけど知恵も付く。失敗してサーっと目の前から消えていく人も居るけど起き上がるのに手を貸してくれる人もいる。そうこうしていくうちに何かが見えてきたりするんだよね。
 で、よくよく用心しないといけないのは良い事なんて待っていても起こらないという事。世の皆さんほとんど待ってるんじゃないでしょうか?自分は行動を起こさなくてもそのうちどこかの誰かが良い話もってきてくれると。

  無い無い。

LINK